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2006年10月 7日 (土)

アメリカの言うことなら聞くのにアジアは無視する遊就館

毎日新聞によれば、以下のとおり「遊就館」の展示物を見直すそうだ。

靖国神社の最高意思決定機関である崇敬者総代会が5日開かれ、神社内の戦史博物館「遊就館」の展示のうち、米国から批判が出ていた第二次世界大戦の米国関係の記述を見直すことを決めた。10月中に修正文を作成し、年内をめどに展示を変更する。一方、中国や韓国などアジアの国々から「侵略戦争の認識が欠けており、アジアの独立を促したと正当化している」などと批判されている展示については、今のところ見直さない方針だ。

アメリカから指摘されたら内容を変更するそうであり、アジアの批判には応えないそうだ。

本当に笑わせる。

「大東亜解放」を謳いながら、アジアを軽んじる。

これって、右翼の多くに共通する思考方法だ。
彼らのアジアはどこにあるのだろうか。
おそらく脳内で作り出したのかもしれない。
現実のアジアの批判に応えずに、脳内アジアの盟主となる。

ところで、日本のおかげでアジア各国が独立を果たしたという考え方ほどアジアを愚弄したものはないだろう。
アジア各国は自らの方法で独立を模索していた。
日本のおかげでアジア各国が独立できたというパターナリズムほど、彼らの歴史を裏切るものはないだろう。

 

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2006年10月 1日 (日)

死刑判決を言い渡された小林薫の良心と良心も感じない人殺しについて

奈良県の女児殺害の罪に問われた小林薫は、その犯行目的や残虐性から、検察の求刑通り死刑が言い渡された。
従来の判決からいうと、殺された人数が一人の場合は死刑をさけるのが通例だが、この男の場合殺した人数は一人だが死刑となった。
筆者は別にこの男を弁護するつもりもないが、奇異に感じたことがある。

この男は謝罪しなかったそうだが、その一方で死刑を望んでいたそうだ。

その理由は、出所してからも同じ過ちを繰り返さない自信がないということだ。

ということは、この男は自分の罪の重さや性格などを認識していたということであり、同じ過ちを繰り返すよりは命を絶って他人に迷惑をかけないことを選択したということか。
自殺も出来ないほど小心者であり、人に殺してもらいたいのだろうか。

お詫びの言葉を口にしても、心がこもっていないこともある。
この男は謝罪こそしないものの、犯行を否定しなかったし、自分の罪の深さは認識しているようだ。
人格的には異常でも、善悪の判断は出来たということであり、死刑を望むことがこの男なりの良心だったのかもしれない。

ところで、世の中には、より多くの人間を殺しながら何の良心も感じない人間がいる。
某大国の大統領もそんなところか。

大量破壊兵器を隠しているといって他国を攻撃し、それが実はなかったとなると、謝罪するどころか今度は中東の民主化に貢献したと言い出す始末。
それどころか、一般市民の虐殺や収容所での虐待・性的暴行などを軍が組織的に実行していたことが明らかになった。

明らかにジュネーブ条約違反にもかかわらず、のうのうと大統領として居座っているのだから開いた口がふさがらない。
この男には良心というものはないのだろうか。

そういえば、某国の首相もそんな大統領を何ら批判しなかったっけ。
それどころか、ホイホイ自衛隊を出したな。
そんな某国大統領も某国首相も批判できずに、「二人だろうが一人だろうが、殺人は殺人なんだから、死刑は当然」と正義ぶるゴミもんた、じゃなかったみのもんた。

正義を口にしながら、その価値を貶めていることがわかっていない人間の何と多いことか。

余談だが、小林薫事件のような、殺人事件に関する判決が出る中、死刑について、自分の考えも書かないといけないなと思う今日この頃だ。
近日中に書いてみたいと思っている。

イラク戦争や9.11テロのお話は以下の書籍をご参考に。

イラク 戦争と占領 Book イラク 戦争と占領

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アルジャジーラ 報道の戦争すべてを敵に回したテレビ局の果てしなき闘い Book アルジャジーラ 報道の戦争すべてを敵に回したテレビ局の果てしなき闘い

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9・11テロ捏造―日本と世界を騙し続ける独裁国家アメリカ Book 9・11テロ捏造―日本と世界を騙し続ける独裁国家アメリカ

著者:ベンジャミン フルフォード
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暴かれた9.11疑惑の真相 Book 暴かれた9.11疑惑の真相

著者:ベンジャミン フルフォード
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「国旗・国家強制は違憲」東京地裁の判決に政治家二人があきれる発言

入学式や卒業式で日の丸に向かっての起立や君が代斉唱を強制するのは憲法で保障された思想・良心の自由を侵害するとして、東京都立高の教職員ら約400人が都教育委員会を相手取り、起立や斉唱の義務が存在しないことの確認を求めた訴訟の判決が2006年9月21日、東京地裁であった。
難波孝一裁判長は「強制は違法、違憲」と判断し、起立や斉唱の義務がないことを確認したうえ、一人当たり3万円の慰謝料の支払いを命じる判決を言い渡した。

で、この判決に対して、二人の政治家があきれる発言を行った。

一人は都知事石原。
この男の支離滅裂ぶりは、このブログで述べてきたが、案の定控訴するそうだ。

控訴する理由が、「都立高校の実態を見ているのかね。現場に行って見たほうがいい。乱れに乱れている。子供たちの規律を取り戻すために、ある種の統一行動は必要。その一つが国歌、国旗に対する敬意だ」だそうだ。

何のこっちゃ?

そもそも、統一行動が必要といって、行為に言及しながら、その1つとして国歌・国旗に対する敬意という心情にすり替える非論理ぶり。
何が言いたいのかよくわからないが、全うな日本語にすると、国歌・国旗を歌わせることが高校生の規律を取り戻すのに必要ということか。
別に国旗・国歌の強制でなくたっていいのではないか。
北朝鮮のマスゲームでもあるまいし。
というか、何で高校生活の規律に国旗・国歌を使うということになるのか。
さっぱりわからない。
別の国から都立高校に生徒が留学した場合はどうするのだろうか(留学生を受け付けているかどうか知らないが)。
そのようなことを考えれば、思想・良心の自由から、国旗・国歌の高校生活内での強制を安易に認めるべきではなかろう。

まさか、都知事石原は国旗・国歌が歌えれば、高校内の規律が保てるなんて思っているんじゃないだろうね。
国旗・国歌の点でよく引き合いに出されるのがアメリカだったりするが、アメリカの高校は規律正しいというのだろうか。

それから、元首相の小泉にもあきれた。
国旗・国歌への敬意は法律以前の問題なんだそうだ。

はあ?

こいつは日本国首相を務めたくせに日本国憲法も読んだこともないのだろうか。
思想・良心の自由を保障する日本国憲法から、裁判所は違憲判決を出した。
つまり、裁判所は十分に法律的な問題と考えているわけだ。
何を根拠に法律以前の問題と言っているのだろうか。
根拠もなく行政の当時のトップが安易に裁判の判決を否定するんじゃないよ。
三権分立の点からも問題大きいということがわからないのだろうか。

大体、国旗・国歌に服するというのは非常に重い問題なのだ。
アメリカ人は国歌が流れるとみんな一様に起立するなんていう文章を見かけたりするが、そういう人はアメリカの黒人の歴史も知らないのだろうか。

人種差別により、黒人に十分な権利が保障されていない時代、黒人選手がオリンピックの表彰台に上ったときは、アメリカの国歌が流れているときに、黒い手袋をはめて上空に突き出し抗議の主張を行った。
自らを差別する国の国歌を歌うのは、屈辱なのだ。

こういう問題もあるので、国歌・国旗を強制するべきではないと筆者は思うのである。

ところで、この一件で、2016年の東京オリンピックは幻となるだろう。
都知事石原が推進する東京オリンピックを開催するということは、ヒトラー統治下のベルリンでオリンピックを開催するようなものだ。
IOCもバカではないから、ベルリンオリンピックの二の舞は踏まないだろう。

ぼくたちが石原都知事を買えない四つの理由。 Book ぼくたちが石原都知事を買えない四つの理由。

著者:姜 尚中,宮崎 学
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日経新聞の情けなさ

2006年9月25日(だったかな)の話だが、日経新聞にこのようなことが書かれていた。

最近では企業の人手不足が顕著になってきた。マネー営業などの即戦力が特に足りない。これは企業が人材育成を怠ってきたからだ。

何を言ってるのだ。
ついほんの少し前(5年も前ではない)まで、企業は、国際競争に生き残るために人員・負債・設備の三つの過剰を解消せよと言ってきたのはどこのどいつだ!!

日経新聞の節操のなさにはあきれるばかりだ。

経済知るなら日経新聞とでも言わんばかりのコマーシャルを流しているが、100年早いわ!!

コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略 Book コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略

著者:ゲイリー ハメル ,Gary Hamel ,C.K. プラハラード ,C.K. Prahalad
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グローバル競争に勝ち抜く戦略―技術力&マネジメント力革新で最強のコア・コンピタンス創り Book グローバル競争に勝ち抜く戦略―技術力&マネジメント力革新で最強のコア・コンピタンス創り

著者:速践ビジネスシリーズ企画委員会,伊藤 要蔵
販売元:日科技連出版社
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竹中平蔵が逃げたもう1つの理由

竹中平蔵が総務大臣と参議院議員を辞職した理由については、以前このブログで触れた
筆者はそれ以外にも辞職した理由があると考えている。

それは地方財政、特に地方債問題だ。

現在発行されている地方債には、国が最終的に信用を保証している暗黙のルールがある。
しかし、これには明確な法律根拠がなく、大臣の国会答弁という口約束が生きているだけでしかない。

ところが、実際にはこの口約束をベースに今の地方債に関する制度が成り立っている。
例えば、都道府県や政令指定都市の発行する債券(公募債)を、普通の個人も購入することが出来る。
債券を発行するという場合は、証券取引法上目論見書を作成することが義務付けられているが、国債の場合作成が免除されている。
つまり、財務状態のディスクロージャーが不要とされているのだ。
また、BIS規制での自己資本には国債への投資をリスクアセットに含める必要がない(リスクの掛け目がゼロ)。
これらは、国債が信用力があるためだ。
そして、地方債にも国債と同様、目論見書の作成免除やリスクの掛け目ゼロが認められている。
これは、国が地方債の償還と利払いを保証しているからだ。

ちなみにBIS規制では地方債のリスクの掛け目は20%。
だが、日本の地方債は日本国が信用を保証しているのだから、掛け目ゼロにしろと、政府がBISに対して押し込んだらしい。

ところが、地方財政の危機が叫ばれる中、地方自治体の重要な資金調達手段の一つである地方債に対し、市場による選別が働き出している。
具体的には、こりゃ財政がやばいという自治体の発行する地方債は、金利をその分上乗せしないと買ってもらえないということになってきているのだ。
現に、地方債の発行市場でも自治体ごとに金利の差がつき始めている。
特に大阪府は上乗せ幅が大きかったりするわけだ。

ここらへんについては、日経新聞なんかは財政規律の観点から望ましいなんていうような論調を載せていたと思うが、今まで述べたことからわかるように、事はそんなに単純ではない。

地方債は国が信用を保証していることを理由にディスクロージャーの義務が免除されている。
したがって、地方債を保有している個人投資家は、地方債の目論見書もなければ、財務状態も知らされることもなく、地方債を買っているわけだ。
そんな状態で地方自治体が財政破綻し、個人投資家が損害を被った場合は、誰が責任を取るのだろうか。
販売した金融機関や証券会社は法令上そのような説明義務が免除されているわけだし、説明するための情報も開示されていないわけだから、責任はない。

そのような状態を放置しておいた総務省が責任を取らされるわけであり、そんなわけで総務大臣だった竹中平蔵が逃げたのではないかと思う。

地方自治体が破綻なんて、夕張市のようなごく一部の事例と思ったら、それは考え方を改めたほうがいい。

今地方債発行市場でどんなことが起こっているか。
地方債発行では、今の国債発行と異なり、引受シンジケート団(略して、引受シ団)が地方債の発行の引受・募集を行っている。
引受シ団に属する金融機関や証券会社が、地方債の発行条件を決めて引き受けるわけだ(一部は個人投資家にも販売する)。

この引受シ団だと、そこに所属する限りは地方債を引き受けなくてはならない。
すると、この信用力のない自治体の地方債は保有したくはないと考えた場合、引受シ団から抜けることになる。
実際にこのような動きが見られ始めているのだ。

一社でも引受シ団から抜けると、その中のほかの金融機関や証券会社がより多く地方債を引き取ることになり、それだけリスクが増す。
するとそのほかの金融機関や証券会社も抜け出すということになり、悪循環が起こるわけだ。

だったら、目論見書の開示などのディスクロージャーを充実させればいいということもできるが、これは大変な作業になる。
今まで国にせよ地方自治体にせよ、財政はキャッシュフローベース(金の出入り)だけでしか捉えてこなかった。
信用力があるかどうかというディスクロージャーを作成するには、貸借対照表を作成し、どれだけ自治体に純資産があるかを明確にしなくてはならない。
すると、自治体の中にはどれだけの資産があって、取得価額や時価を全部洗い出さなくてはならない。
毎年決算で貸借対照表を作成する企業でもこの作業は大変なのに、多くの土地や建物を保有している自治体にとってはとてつもなく大きな作業となる。

現在は引受シ団が個別に自治体と交渉して地方債の金利等の発行条件を決めているが、地方自治体の財政状況によってより金利差が広がれば、引受シ団制度も崩壊し、国債と同じような入札方式になってしまうかもしれない。
その場合、個人投資家の保護はどうするのか。

個人投資家を保護するという観点では、証券取引法に基づき、金融庁が地方自治体のディスクロージャーが適正かどうか検査するという体制が必要になる。
しかし、2006年9月28日の日経新聞には、地方債を発行する地方自治体を管轄する総務省は金融庁の干渉は受けないと突っぱねている。

個人投資家の保護も図れないまま、地方自治体の信用力を背景に、地方債の金利差が広がりだしている。
地方債のデフォルトが起こったら、誰が責任を取るのか。
竹中はそのような事態も既に見越しており、総務大臣と参議院議員を辞職して逃げたのではないかと思われる。

自治体改革と地方債制度―マーケットとの協働 Book 自治体改革と地方債制度―マーケットとの協働

著者:稲生 信男
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著者:幸田 真音,竹中 平蔵,田原 総一朗,金子 勝,木村 剛,塩川 正十郎,佐高 信
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