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2006年11月 3日 (金)

みのもんたの露骨な安倍政権マンセーぶり


「教育基本法改正」の内閣府のタウンミーティングで、政府による「ヤラセ」の質疑応答が行われたことが発覚した。
政府からは資料提供という釈明が出ているが、基本的に賛成だといわせているのだから、資料どころか明らかに政府による世論誘導でしかない。
安倍政権がマスコミに対する圧力をかけているといわれていることもあわせて考えると問題だろう。

で、今日の「朝ズバッ」でみのもんたが取り上げていたが、何と言ったか。

政府は自らの政策に賛成してもらいたいと思うのが当然。依頼を受けてそのとおり発言する方が悪い。

だそうだ。
救いようのないこの男、みのもんた。
受けたる方も問題だが、基本的に賛成といきなり冒頭に述べさせるという、露骨に賛成を依頼する手法を行う政府の行為はどうなのか。
資料ではなく、依頼だろ。
明らかに政府による言論介入なのだが、みのもんたはそんなことも理解できないらしい。

そういえば、先日補欠選挙が行われた。
自民党が勝利したわけだが、これは党首の魅力だとみのもんたはしゃべっていた。
これほど安倍政権マンセーを露骨に主張し、阿諛追従する輩も珍しい。
もともと補欠選挙のあった選挙区は自民党が議席を確保していたところだ。
しかも、投票率から考えると公明党の組織票があったから勝てたようなものではないか。
実際、大阪9区では創価学会員が延べ人数だが100万人動員されたそうだ(このリンクも参照)。

みのもんたとは健全な批判精神を失った、ただの舌が回る司会者でしかないようだ。

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2006年11月 2日 (木)

ケータイのバーコードが危ない!!

バーコード読取機能付の携帯電話が普通に出回っているが、これを使って個人情報を盗み取る事件が起きているようだ。
具体的には以下の通り。
まず、偽サイトを準備して、そのアドレスの情報を二次元バーコードに変換する。
それをポスターなんかに掲載している二次元バーコードの上から貼る。
そうすると、ポスターの二次元バーコードと勘違いした人が読み取って、偽サイトにアクセスしてしまうという方法だ。
携帯だとパソコンのブラウザと違って、アドレスが直接画面に表示されないので、気づきにくい。
バーコードを読み取ったときは、アドレス等の情報をよく確認した方がよい。

今って市販のソフトで簡単に二次元バーコードが作れるんですね・・・。

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2006年10月29日 (日)

政治が経済を殺すとき

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先週、貸金業法の改正内容のうち、紛糾していた金利特例部分について原則設けない方向で決着したようだ。
最近経済に対しおかしな規制がかかることが多いが、これはその際たるものだろう。
筆者は経済を自由にすれば全てハッピーと考えるような「市場経済至上主義者」というわけではない。
経済は原則自由だが、そこにうまくいかない点があれば修正を加えるべきと考えている。
統制経済はよくない。
それは、市場経済にうまくいかない点があるからといって、統制経済を実施した国が経済運営に失敗してしまった共産主義を見ればわかるだろう。
で、この場合は何を行うべきだったのか。

貸金業法の改正の目的は、もともとは多重債務者問題の解決であった。
では、貸金業法を改正すれば多重債務者問題を解決できるか。
答えは否と筆者は考える。
その理由の詳細はこのブログの過去の投稿を確認していただきたいが、多重債務者問題はほかならぬ失業率問題なのだ。

大体多重債務者は貸金業者だけからお金を借りているわけではない。
家族・親戚や友人からも借りて、それでも出て行くものが多いから、消費者金融等から借りていることが多いのだ。
一般の人間が借りた金を返すにはどうするのか。
それは、労働者として働いてその賃金の中から返すのが普通だろう。
だからこそ、失業率の改善が非常に重要なのだ。

失業率の改善には、返済原資の確保という効果があるだけではない。
失業者よりアルバイト、アルバイトより正社員の方が、年収が多い分信用力も高くなる。
したがって、借入金利は低くなり、その結果資金繰りも楽になる。

自らの信用力を高めることが、金銭面での生活の改善につながることは当たり前だ。
しかし、そのような金銭教育を行っていないのも事実である。
そんな中で、消費者金融だけを悪者にして、借りたものを返さない人間の「徳政令」だけを認めるというのは、モラルハザードという観点で問題ではなかろうか。
しかも、銀行への公的資金の投入はモラルハザードだとして反対した野党が、個人のモラルハザードに寛大なのは経済に関する見識を疑う。

さらに大きな問題がある。
銀行への公的資金投入は自己資本の増強であり、金融市場の維持という点で意味があった。
しかも、あくまで増資であって、株主たる国には配当やキャピタルゲインで還元している。
ところが、金利の無効という判決や法令による金利の引下げは、結局のところ消費者金融から債務者に対する贈与であって、所有権を強制的に法令により移転しているのである。
これは憲法的にも問題が多いのではないか。

消費者金融は儲けすぎという批判が出ていたが、それで金利を引き下げるのもおかしな話だ。
金利を引き下げるのに有効な手法は、市場への参加者を増やすことである。
それは、航空会社の新規参入でも明らかであろう。
しかし、法令による金利の引下げは結局のところ、参加者を締め出すことにつながった。
実際のところ、貸金業に登録している業者の数は1992年より毎年減少している。
金利の引下げは経営体力に余裕のない中小・零細の貸金業者の経営を直撃した。
一方大手はシステム投資や優良顧客の囲い込みにより、金利引下げによっても利益を上げることができた。
この結果、中小・零細の貸金業者は廃業に追い込まれたのだ。
しかし、この手の話は社会問題化しにくい。
というのも、製造業の場合、その仕掛品や機械は他の企業に転用しにくい。
したがって、倒産を中心とする廃業の形式をとる。
一方、貸金業の場合、その保有している貸出債権が優良であれば、そのまま他の貸金業者が引き継ぐことが出来る。
実際、中小・零細の貸金業者が廃業するときは、大手による吸収合併や他社への営業譲渡という形式が多い。
そのため、廃業による失業という形が現れにくい。
だが、結局のところは貸金業者の減少による大手の寡占化が進んだわけであり、大手が儲かるという図式が、高金利による儲けすぎとの批判につながったと筆者は考える。

さらに、貸金業へのイメージの悪化や出資法等の改正による金利引き下げの不透明感が、新規参入者を阻んでいるという現実もあろう。
そのことも、大手消費者金融業者の利益につながったと思われる。

いずれにせよ、政治による誤りが多重債務者問題をずるずる引き延ばしてきた。
いわば、政治が経済を殺したわけだ。

政治家が経済をゆがめる。
このような図式は他にもある。

都知事石原による、ディーゼル悪者化もそうだろう。
あれでディーゼルエンジンがあたかも排ガスを撒き散らしている張本人のように思われた。
あれは軽油の質に問題があるのであって、ディーゼルエンジンのせいではない。
最近では軽油自体がヨーロッパ並みのクリーンなものになり、またコモンレールというエンジンの直噴技術により環境を悪化させるような物質が大幅に減少した。
むしろ、燃費がよく二酸化炭素がガソリンに比べ少ないということで、ヨーロッパではクリーンなエンジンとして定着している。
ドイツのアウトバーンを圧倒的なスピードで颯爽と駆け抜けるのは、ディーゼルエンジンのベンツだ。
いまどきベンツのディーラーに行ってガソリンエンジンのベンツがほしいなどというと、建物の外の隅っこのベンツを案内されるぐらいにガソリン車の地位は落ちている。

逆に、ヨーロッパではそれだけディーゼルエンジンが圧倒的な力を誇っているわけだが、石原のディーゼル悪者論により、日本のディーゼルエンジン開発は遅れを取ってしまったわけだ。

多重債務者問題でも、経済に関するグランドデザインが描ける政治家がいないといってもよい。
失業率の改善により、金銭面の生活維持を図る。
金銭教育により、信用力の向上が低金利での借入につながることを理解させる。
その結果、個人の債務を減らし、生活の維持・改善につなげる。
こうすればモラルハザードを防止しつつ、多重債務者の問題を解決できるのではないか。
経済に関するグランドデザインをもった政治家の登場が望まれる。

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敬語5分類というくだらなさ

先週のニュースで一番笑ったのは、敬語を5分類するという文化審の指針案である。
こんなことを習わせられる生徒が気の毒でしょうがない。
敬語が誤用される事態が多いので細かく分類したとのことだが、分類を細かくすると誤用されなくなるのか。
はっきり言ってしまえば、文法学者の飯の種を増やすのが目的ではないかと思ってしまう。

敬語の誤用が多いというが、大体日本語の中で複雑な敬語の体系を持っているのはごく一部でしかない。
それは、身分制を重んじた武家社会という世界の中での言葉であって、方言なんかを考えてみればわかるが、敬語は非常に簡単である。
それに現代の敬語とは、従来はアウトローが使っていた言葉を取り込んで出来上がったものである。
例えば、「です」という言葉は江戸時代は奴言葉だそうだし、「お父さん」「お母さん」という言葉は江戸時代は女郎言葉だそうだ。
江戸時代の武家の言葉をもとに、そのような言葉を含めて明治時代以降つぎはぎにしながら纏め上げたのが、現代の標準語である。
そんな形でできあがった言葉がいびつであり、その中で使われる敬語が形をなさずに変化するのは当たり前だ。
それを敬語の誤用と叫ぶのは、社会生活と切り離された世界で文法を考えればよい文法学者ぐらいだろう。

大体、美化語と丁寧語を分けなくたって、混同はしないだろう。
丁寧語にそのような分類が可能という考え方は、学者が研究のために行えばよいのであって、誤用と叫ぶのはいかがなものか。
そんな意味のない教育をするぐらいなら、もっと本を読ませたりディベート訓練をしたりしたほうがいいのではないか。

余談だが、純粋な日本語、正しい日本語とは何だろうか。
福田定良氏は哲学者だが、その内容はわかりやすくて本質を得ている。
純粋な日本語、正しい日本語というとき、それはそうでないことが判明していないからそう言っているだけなのだ。
これが正しくてあれは正しくないというときは、疑ってかかったほうがよい。

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核抑止論という幻想

北朝鮮の核実験に際して、日本の首脳の動きがあわただしい。
特に一部の政治家には、対抗手段として核を持つべきという意見が出ている。
核を以って核を制するという「核抑止論」は果たして正しいのか。
核を保有している相手国が、理性的で政治経済的に似たような環境にあり、自国が核を持ったら核の使用を躊躇するという条件が満たされて初めて成り立つ理論なのだ。
逆に現在の状況を考えると、日本が核を保有したら北朝鮮がおとなしくなるという理論は成り立たない。
むしろ、東アジアの非核化を進めたほうがわが国にとって利益は大きいのではないか。
特に広島・長崎の犠牲という経験を踏まえれば、それこそわが国が進むべき道ではなかろうか。

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