最近菊地凛子さんがアカデミー賞にノミネートされたことが話題を呼んでいる。
が、そんなにアカデミー賞で騒ぎ立てるほどのことだろうか。
というと、菊地凜子さんがノミネートされたことにケチをつけるのかと言われそうだが、全く逆である。
むしろ、喜ばしいことである。
だが、問題は菊地凛子さんがノミネートされたことそのものではない。
アカデミー賞というと世界的な映画賞だと思われがちだが、その知名度に比較して実態は非常にローカルなものだ。
ノミネートされる条件として、ロサンゼルスで上映されることが条件となっている。
なぜかって言うと、アカデミー賞というのはもともとがハリウッドの娯楽映画業界の賞であるからだ。
したがって、それとは異質な分野、たとえば外国語映画部門やドキュメンタリー部門は非常に軽い扱いである。
確かに、ハリウッドの映画がほかの映画よりおもしろい時代であれば、アカデミー賞は目指すべき映画賞であったかもしれない。
しかし、最近のハリウッド映画の凋落ぶりとそれ以外の映画の台頭を見ると、もはやアカデミー賞など取るに足らないと言われても仕方がない。
最近のハリウッド映画が何でつまらないのか。
リメイク頼みやCGアニメ。
ここらが理由としてあげられるだろうか。
前者の場合、リメイクでも面白ければいいが、実際には面白くないものが多い。
特に2006年に公開された「ポセイドン・アドベンチャー」のリメイク、「ポセイドン」は、その年に日本の地上波でオンエアされた。
ハリウッド映画が公開されたその年に、日本の地上波で放送されるなんて、通常はあり得ないことだ。
後者の場合、近年のCGの技術の発展に驚かされて見たものの、どれも内容が同じような感じだ。
カーズやシャークテイル、ファインディング・ニモなど、どれも家族愛や友情などテーマが一緒。
何見ても後から思い返すと区別がつかないというひどい状況だ。
その一方で、ハリウッド映画以外の勃興がすさまじい。
日本でも2006年の邦画の観客動員数が洋画よりも上回ったようである。
世界各地の映画にも実にすばらしいものが出てきている。
ところで、菊地凛子さんがノミネートされた「バベル」の監督・アレハンドロ=ゴンザレス=イニャリトゥ氏だって、メキシコ出身の人で以前は外国語映画部門でノミネートされた人である。
この映画は「アモーレス・ペロス」というスペイン語の映画であり、筆者は非常に感動した(このとき受賞したの「グリーン・ディスティニー」だった)。
今回は英語なので、ノミネートされた部門が広がったが、結局のところハリウッド以外から参入した人なのである。
こうしてみると、アカデミー賞で今更騒ぐ必要はない。
ハリウッド映画の凋落とそれ以外の映画の台頭により、アカデミー賞にかつてほどの輝きはないのだから。
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