いじめる側を出席停止にすることに意味はあるか?
いじめ問題で教育現場が揺れ動いている。
教育現場を再生すべく政府が対策を考えているようだが、その提言に、いじめた生徒を出席停止させるということが盛り込まれそうになった(結局盛り込まれなかった)。
この出席停止という対策は意味があるのだろうか。
「朝ズバッ!」の単細胞司会者みのもんたはこの出席停止に大賛成のようだ。
いじめって多数の人間が一人に対して行うものだろ。
一度に多数の生徒を出席停止にして、その管理をどうするのか。
自宅で他のいじめた生徒とつるんで、非行に走ったらどうするつもりか。
出席停止にするだけで反省するとは思えない。
それにいじめの問題というのはなかなか善悪二言論で簡単に片付く問題ではない。
一緒にいじめに加わらないと、今度は自分がいじめられると思って、仕方なしにいじめる子もいるようだ。
みのもんたは、出席停止にして母親と話をしろと言っていたが、アホかこいつ。
共働きだったらどうすんだよ。
それこそ学校にも行かず、いじめ仲間とつるんで非行に走るよ。
いじめというのは特殊な問題ではなく、どの生徒にも起こりうる問題。
それは、いじめる側にもいじめられる側にもなりうるものだ。
もっといじめについて幅広い議論を生徒も教師も親も行っていく必要があるのではないか。
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いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体 著者:内藤 朝雄 |
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